あやめ猿之助、才能の発揮の仕方を間違えていないか

十年あまり前当時住んでいた静岡県浜松市。ひょんなきっかけから市内にある一種のスーパー銭湯「バーデン・バーデン」(数年前に建物老朽化のため廃業)で大衆演劇の舞台に接するようになった。それまで大衆演劇(旅回り芝居)なんてはるかに遠い存在だった。おそらく蔑視の意識が無関心につながっただろう。

 

しかし自分でも驚いたが、一度生の舞台を見るとハマってしまった。ほとんど目の前で生身の役者が舞踊と芝居を演じるのを見っていると異次元の世界へ引き込まれる思いだ。何度かバーデン・バーデンに通ううち九州の名門「劇団花車」が来演。座員の中でとりわけ目立ったのは(当時まだ新米座長だった)姫錦之助の父親姫京之助だった。この人、松竹新喜劇でも数年間修業を積んだとかで存在感があった。大衆演劇の伝統についてはほとんど無知だったが、なんとなく京之助は伝統の流れの中にいるという気がした。そういうベテラン役者京之助の息子たちが才能を受けついでいて当然だが、中でも次男の姫猿之助(当時の芸名)の鋭い動き、身ごなしに目を奪われたのだ。本来大衆芸能であった歌舞伎の過剰なというか逸脱したきらびやかさを当時まだ20代前半だった猿之助が体からオーラのように発散しているとわたしには思えた。

 

その後猿之助の舞台を見る機会がないまま時間が過ぎ、やがて姫猿之助があやめ猿之助として新しく劇団を旗揚げするとネット情報で知った。けれど資金の問題か座員の確保の問題か、なかなか公演情報が入ってこない。そうこうするうち地元(筆者の現在居住地は神戸あたり)でも劇場などに乗るようになったが、機会がなくて感激できずに来た。

 

ところが今月下旬(2018年6月)大阪「庄内天満座」で公演中だと最近気づく。早速出かけてみた。だけどわたしが勝手に夢想していた「猿之助」とはあまりにも違っていた。 劇団の中で猿之助がただ一人(好ましくない意味で)突出していて劇団としての統一感がないのだ。彼は大歌舞伎の決めポーズを頻発するのだが、わざとらしすぎる感がある。観客を魅了する決めポーズになっていない。

 

ネットでは最近彼が披露したとかいう狐忠信の振りが評判だ。『義経千本桜』の人気場面「川連法眼館」で狐の化身、狐忠信が殺された母の体(皮)で作られた鼓と戯れる一説で親子の情愛が悲しく奏でられる。猿之助による物真似がうまいというのだ。

 

だけど、100年以上昔 江戸、京、大坂の大歌舞伎に接する機会のない在所の人々が旅回り芝居の舞台を通して本場の歌舞伎を垣間見た時代とはわけが違う。21世紀の現代、しかも(長年大衆演劇を応援してきた年配者が劇場からリタイアして)大衆演劇の存続が危ぶまれる今そんなモノマネ芸で世代の比較的若い観客層を呼び込もうとしても無駄である。場内の観客には大舞台との比較のしようがない。それに何より先代(三代目)市川猿之助や当代市川猿之助の<狐忠信>とは雲泥の差だ。彼らは歌舞伎の演技のプロなのだからかないっこない。

 

大衆演劇の役者は歌舞伎を<引用>するならパロディ化するべきだろう。大衆演劇の強みを発揮できるように引用し、大衆演劇の中に取り込むべきだ。あやめ猿之助の祖父の世代ならまだ通用したモノマネはもはや通用しない。

 

あやめ猿之助にはカビ臭い伝統なるものに固執するあまり衰退が止まらない大衆演劇に新風を吹き込んでほしいと10年あまり前に思ったし、いまも同じ期待をかけている。

 

幸い劇団には若くて個性的で今後の成長が期待できる女優さんたちがいる。若手リーダー「咲之阿国(しょうのおくに)」、花形「初音きらら」、「千鳥」、「ひよこ(真金ひよ)」。(みなさんいささか奇妙な芸名である。以前は女優の数がもっと多かったらしい。)

 

わたしの妄想に過ぎないが、猿之助座長が女形に専念しそれに女優陣が加わり、平成の<女歌舞伎>を打ち出してはどうか。業界全体を見回しても従来の大衆演劇ではもう持たない。これだけ有能な女優たちがいるのだからそれを劇団の<強み>として強調すべきだ。

 

舞台公演で惰性は禁句。初音きららが得意とするアクロバット芸を毎回出すのは無意味。小・中・高の器械体操部員ならできる芸だ。それに劇団あやめはサーカス団ではないはず。

 

女優のことばかりふれたがベテラン男優「山戸(やまと)一樹」の存在も大きい。彼の渋い踊りや演技も女歌舞伎としての劇団員あやめの一端を支えていると思う。

 

昨今、正統派の大衆演劇界にも地道に新しい方向性を探っている劇団は存在する。たつみ演劇ボックス、劇団花吹雪、桐龍座恋川劇団などは感性の若さ、柔軟さに笑いのセンスを交えて独自の路線を開拓している。

 

そういう伝統の再生を目指す劇団とは路線を別にしながら独自性を発揮できる未来を劇団あやめが切り開いてくれることを期待してやまない。

茂山逸平さんが演じた「釣狐」、元気がありすぎたのでは?

大槻能楽堂改修35周年記念ナイトシアター

2018年5月11日(午後6時30分—9時15分)

狂言「釣狐」茂山逸平、善竹隆平

 笛 斉藤敦、小鼓 成田奏、大鼓 原田一之

能「隅田川」大槻文藏、福王茂十郎

 笛 杉 市和、小鼓 成田達志、大鼓 亀井忠雄 地頭 梅若実 =================================

老僧(狐釣りをする猟師の叔父に化けた古狐)が登場。衣からのぞく足首はケモノ(毛物)の足だ。なんか可愛らしい足もとだ。

 

橋掛りを過ぎて舞台中央に立つと京都茂山一流というか逸平さん独自のギャグの流儀なのだろう、「(猟師役の)善竹隆平とかいうイタズラ者が」と早速相方こと善竹隆平さんをいじる。

 

でも隆平さんはまったく聞こえないそぶり。たしかに狂言という観客の現実世界とは隔てられた架空の世界にいる人物だから無反応なのは理解できる。観客まで無反応だった。笑い声上がらず。しかしここは逸平さんが現実と虚構をごちゃ混ぜにして笑をとろうとしているのだから観客が反応しないのは変だ。それにまた隆平さんも照れ笑いするなりなんなりあえて反応すべきだったのでは?また逸平さんも観客の注意を引くため「善竹隆平」の部分は<太字>発音すべきだった。

 

そうすることで舞台と観客席を分断する結界が決壊して役者と観客が交われたのにと思う。それにもともと能・狂言の原型たる猿楽では舞台と観客席の交流は当たり前のことだったはず。

 

古狐は猟師の罠にかかって命を失った仲間たちを思い復讐心を燃やす。僧侶(猟師の叔父)の扮装をかなぐり捨ていよいよ狐の本性をあらわし舞台を所狭しと暴れまわる。若手狂言師である逸平さんだが、こんなに飛び跳ねたらきっとしんどかっただろう。アクロバット芸だ。アクロバット狂言の先祖猿楽の得意芸の一つでもあったのだから、ここは芸の見せどころだ。

 

こういう次第で体操選手顔負けの運動能力を見せる狂言師である以上賞賛にあたいするのだが、歳経た<古狐>であることも忘れてはいけないだろう。たとえ古狐がある種の霊力を獲得しているので運動能力抜群でもいいじゃないかと言えなくもない。しかし逸平さんの<古狐>は喋り方といい身ごなしといいまだ三〇代の青年の姿だ。老いを若干でいいから垣間見せてほしかった。

 

逸平さんの声の迫力は狂言界でも目立つが、声にしても身体能力にしてもそれをそのままストレートに出さずひと工夫あってしかるべきではないか。(それなら演出プラン出してみろと言われると困るが。)

 

和泉流狂言師野村万作さんの狐像は(遥か昔TVで見た記憶によると)ユーモアより(繊細に表現された)悲哀を強く感じさせられた。これとは逆に京都大蔵流は笑いの要素を大胆に取り入れると工夫によっては逆説的に悲哀が醸し出されるような気もする。

 

ぜひまた京都茂山家の『釣狐』を見てみたい。

 

休憩の後『隅田川』。大槻文蔵さんは幼子を人さらいに奪われ生き別れになった母親像をうまく演じていた。人さらいは日本の中世では珍しい事件ではなかっただろう。

 

人さらいのテーマは中世の語り物を代表する「説経節 さんせう大夫」で有名だ。これは子供向けの読み物「安寿と厨子王丸」として知られている。

 

しかし人さらいが過去の出来事かというとそうではない。人間の世界、欲望は本質的には変わらないのだろう。奴隷制度に代表される人身売買は今も昔も形を変えて世界中人が住むところにはこっそりとあるいは堂々と存続している。

 

隅田川』は活字で読めば強く涙腺を刺激するようには思えないが、シテ、ワキ能楽師の謡と舞を見、地謡の語りを聞くと平然とはしておれない。人の声による語りの威力はすごいものだ。

 

つい先日見た記録映画、文楽版『春琴抄』でも<語り>の威力、魅力を感じた。国立文楽劇場(大阪日本橋)で月イチ開催される「公演記録鑑賞会」で見せてもらった文楽版『春琴抄』では義太夫の語りがもつ威力を改めて思い知らされた。

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「釣狐」参考サイト http://kyotokyogen.com/guide/tsurigitsune/

隅田川」参考サイト http://www.noh-kyogen.com/story/sa/sumidagawa.html ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

能公演を見るとついつい思い出すのだが、twitterや5ch.netを荒らし回るというか、騒ぎまくるカブキ・能楽に<異常な愛情>を表明する(中年)女子のこと。この人が神戸能楽界だけでなく日本の伝統芸能界を貶めまくっている。どなたか能楽界で権威のある方が強権発動してこの御仁が訴えるような「非」が神戸能楽界にあるならきちんと正したうえで騒動の元凶たる女子を殲滅してほしいものだ。

『シェイプ・オブ・ウォーター』はやっぱり<ポリコレ>根性満載?

つい先日Guillermo del Toro監督の新作The Shape of Water (2017年)を見てきた。時流に遅れがちな私には未知の映画監督だったが、世界的評価の高い作品なので興味が湧いた。

 

この監督はすでに日本のファンタジー映画ファンには有名らしくすでに『ブレイド2 [Blade 2]』(2002年)、『パンズ・ラビリンス[Pan’s Labyrinth、牧神の迷宮?](2006年)、『ヘルボーイ/ゴールデン・アーミー[Hellboy II: The Golden Army]』(2008年)、Pacific Rim (2013年)が公開されている。

 

ちなみにPacific Rim, Uprising (Steven S. DeKnight監督、2018) はPacific Rim (2013年)の続編だとようやく気づいた。デル・トロもプロデューサーの一人だ。去る3月下旬パリで見たが、ストーリー的にもビジュアル的にも迫力なくてがっかりした。 

 

ネットでうかがえる評判からすると大いに期待できる新作『シェイプ・オブ・ウォーター』だが、ハリウッド的ラブ・ロマンスの枠組を踏まえた物語の展開はかなりおメデタく単純すぎるという印象を受けた。またこれは後日ネット検索で知ったことだが、デル・トロ監督自身が「(形が変幻自在の)水は愛だ」(注1)とこちらが気恥ずかしくなるような発言を(見たところ)大真面目にするので私としては引いてしまった。  (注1)出典https://elinstyle.com/post-2218-2218

 

とはいえ現実原則を超越したファンタジー物を得意とするデル・トロ監督ならではの魅力も感じなくはない。とりわけデル・トロ監督作品でモンスター役者としてお馴染みのDoug Jonesの熱演が印象に残った。『大アマゾンの半魚人[Creature from the Black Lagoon]』(1954年) (注2)にオマージュを捧げすぎじゃないかと思えるキュートな滑稽さを醸し出す(水陸)両生類系ヒト・モドキ [Amphibian Man] はなかなかイケてる。 (注2)全編見るならhttps://www.youtube.com/watch?v=LB60SpTZldU

 

この両生類系ヒト・モドキは顔面、特に目のあたりがウルトラマンに似ている気がする。そのためかなりニンゲンぽい。妙にニンゲンっぽいこのモンスターと(事情は明示されないが)口のきけないというハンデを負う主人公イライザ(両生類系ヒト・モドキも主人公かな?)との出会いと交感、さらには心身の交流もうなづける。

 

いわゆる「モンスター」というか「異人」と人間との交流は映画史の中でも重要なテーマのひとつだと思う。この観点から『シェイプ・オブ・ウォーター』をモンスター論で語れないかと考えたりしてみた。

 

話がそれるが、別の作品、『パンズ・ラビリンス』には(ギリシア神話などに由来する)雄ヤギとニンゲンの合いの子であるファウヌス(注3)が登場する。その役は常連のモンスター役者(と言っては失礼かな?)ダグ・ジョーンズが担当し、目玉が手の平にあるという怪物。画像的には宮崎駿のアニメを連想させる。とにかくデル・トロ監督が生み出すファンタジー映画はバラエティ豊なモンスターで溢れているようだ。

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(注3)ファウヌスはギリシア神話の牧神パン相当するローマ神話の神。未見なので映画評を見た限りではダグ・ジョーンズ演じるファウヌスは神格をもたなそうだ。

 

ところが英語圏のウエッブサイトではモンスタ論に関する深堀りの議論がない。それよりネット上では日本も含めて国際的に共通するのは悪役ストリックランド大佐を悪の権化として否定的にとらえる視点だ。モンスター論はそっちのけでストリックランド大佐すなわち政治的抑圧者説で沸いている。

 

このあまりにわかりやすい善悪の定義はネットの映画評で見る限り『パンズ・ラビリンス』ではもっと露骨に噴出する。主人公のいたいけな少女オフィーリアの養父はスペインの独裁者として名高いフランコに心酔するヴィダル大尉。この養父の存在とその思想が善と悪が混交するファンタジーの世界に暗い影を投げかける。

 

しかし本来ファンタジーあるいはおとぎ話の世界はニンゲンの深層心理を色濃く反映ししていて、けっして善良さと慈愛一色に染め上げられたりはしない。デル・トロほどの芸術家にとってそんなこと常識のはずだ。

 

だがスペインの暗黒の現代史を背景にこれだけ通俗的な善悪をめぐる倫理観を全面に打ち出されると監督は世間に受け入れられやすいanti-Francoismなどの政治的イデオロギーにこだわっているのかと思えてくる。一体どっちなんだろう。

 

日本のネットでも同様で、ブログの筆者のみなさん立民(わが日本の野党「立憲民主党」)のシンパかいなと思える。

 

立憲民主党」なんて党名はご党首さんがいまだに若き日の革マル闘士であり続けることから推測して自己犠牲の精神でロシア革命の端緒を開いたパーヴェル・ミリュコーフ(1859-1943年)が中心となって設立した(自由主義政党としての)「立憲民主党」を気どっているようだ。立民やその同類のみなさんは盛んに「リベラル、リベラル」と呪文みたいに唱えていたっけ。

 

朝日新聞』系列の(同じくリベラル系メディアであることを売り物にする)HUFFPOST日本語版さんが必死でエダノンを擁護している記事 :https://www.huffingtonpost.jp/2017/10/01/edano-rikken-minsyutou_a_23229155/

 

巷に溢れる「凡庸な」映画批評とは一線を画して究極の映画批評を追求してきたかの映画批評界の伝説の巨人ともよぶべき<蓮實重彦>が切りひらいた批評精神はどこへ行ったのだろうか。

 

映画批評の分野で俗耳に入りやすい<社会正義>ばかりが喧伝されるのは疑問だ。社会主義リアリズムの過ちを犯す危険性がある。過剰なポリコレ意識(「ポリコレ棒」とかいうマスコミ用語が流行する世の中変すぎ)はごめんこうむる。ニンゲン社会、いや生物、それどころか有機物の世界から軋轢や確執をなくせるはずがない。軋轢や確執の完全消滅を望むなら<死>しかないだろう。

 

<余談> 劇中イライザがTVリモコンを操っていたが、1950年代のアメリカにはリモコンが普及してたのかとビックリ。1956年には(1999年に韓国LG電子に買収された)Zenith社が発売。(このことはネットのブログでもすでに指摘している人がいる。)

 

60年昔のリモコンは超音波方式で誤作動も生じがちたっだとか。その後1980年代初期には現在のような赤外線方式に切り替わったという。

<参考サイト>

http://subal.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_c85c.html https://www.beoworld.org/article_view.asp?id=76(歴史的経緯がわかりやすい。) The First Television Remote Control! (1961) https://www.youtube.com/watch?v=8BPvBElDZHo 1956: Zenith Space Commander Remote Control https://www.wired.com/2007/10/vg-greatestgadget/

烏丸遊也たちにもっと公演の機会を!

大衆演劇であれなんであれ芸能の「伝統」は排他的に維持するものじゃないはず。

「伝統」は生きている。廃れもするし、新しくよみがえる場合だってある。

 

大衆演劇の劇団という組織のあり方も新たな方向性を模索すべきではないか。

 

そうでなくとも大衆演劇界の衰退ぶりは隠しようもない状況だ。90%を超える劇団は旧態依然たる組織を維持し、100年前炭鉱労働者の慰安として誕生した近代の大衆演劇の公演内容を時代に合わせて発展させることもなく安穏と日々の舞台をこなしているありさま。

 

従来の大衆演劇を愛好してきた世代は止まることなく客席から「引退」し続けている。

それなら若い世代が交代しているかというと、彼らにはバラエティに富んだエンタメの選択肢がある。当然カビの生えた<大衆演劇に>なるものには見抜きもしない。

 

今現在三十歳前後の<芸>がある若手こそが新規に舞台のあり方を変革して現状打破してほしい。

 

ゲスト出演でその場をしのいでいる、たとえば烏丸遊也。自劇団外の有能なはぐれ者に声をかけて新たに一座を旗揚げできないだろうか。

ここでいう「有能なはぐれ者」とはたとえば、せっかく復帰したのにまたもや引退?してしまった一代新之助(元・三代目森川長次郎、松之助)、彼の弟さんの「竹之助」を誘いどうにかして舞台に立ってもらいたいものだ。

 

いろいろ業界の慣習などがあるだろうが、烏丸遊也と一代新之助とが手を組めば未来が切りひら消そうな気がする。誰が座長になるかなどは後の問題。月番で交代したっていいではないか。

 

嵐山金之助も寄ってきてほしいな。

 

劇団といっても結束を緩めにして座員それぞれが(舞台に立てるレベルの)力量を発揮しやすい体制を_作れないものだろうか。

 

そんな劇団体制があるものかと言わないで。部外者の勝手な妄想と切り捨ててほしくない。

『スリー・ビルボード 』と異色のアメリカ人作家フラナリー・オコーナーはホントに通じ合うのか?

難病(自己免疫性疾患「全身性エリテマトーデス」、彼女の父親も13歳の彼女を残して同じ疾患で死去)のため39歳で早逝したフラナリー・オコーナー (Flannery O’Connor, 1925-1964) は現代アメリカ文学の重要な作家の一人。

<作家紹介>https://www.georgiaencyclopedia.org/articles/arts-culture/flannery-oconnor-1925-1964

 

さて英文のネット映画評は Flannery O’Connor’s A Good Man Is Hard to Findを関連づける議論で溢れかえっている。

 

たとえば、 “ Watching 'Three Billboards' with Flannery O'Connor” (https://www.thegospelcoalition.org/article/watching-three-billboards-flannery-oconnor/) などなど。

 

中にはこんな極論を唱える批評家までいる。

Early in Martin McDonagh’s captivating film, Three Billboards Outside Ebbing, Missouri, one of the characters, Red Welby (Caleb Landry Jones) is seen reading Flannery O’Connor’s A Good Man Is Hard to Find. It is the beginning of an O’Connor-esque tale about grace and the grotesque, love and hate, healing and grief.Although the reference to Flannery O’Connor is brief, it is hard to imagine how this story, written and directed by McDonagh (In Bruges), was not influenced by O’Connor’s sense of grace rising from the most heinous examples of human iniquity. It is hard to watch this movie and not think of Francis Tarwater, the 14-year-old character of O’Connor’s novel, The Violent Bear It Away, “His black eyes, glassy and still, trudging into the distance in the bleeding stinking mad shadow of Jesus.”Indeed, the shadow of Jesus, seems always to be in the background of this dark, intense, and sometimes humorous film.

<出典> https://aleteia.org/2018/02/24/three-billboards-outside-of-ebbing-missouri-a-movie-to-enrich-your-lent/

 

<おまけ> 作者の自作 (日本では『善人はなかなかいない』 A Good Man Is Hard to Find ) 朗読(38分) https://www.youtube.com/watch?v=sQT7y4L5aKU

 

たしかに本作に映し出される悪意、敵意、人種偏見と暴力にまみれた南部の田舎町の世界はオコーナーが(読者を深刻な不安に陥れるような)苦いユーモアやアイロニーを交えながら好んで描く人間性の闇との共通性を強く感じさせるかもしれない。

 

しかし『スリー・ビルボード 』ではカトリックの宗教観が身に染みついていたオコーナーが生涯憑かれたように手探りで求めていた<神>の存在が意識されていないように思える。だからといってマクドナーがオコーナーに比べて劣るというのではない。両者はたがいに異質の世界なのだ。

 

私は小さな断片をとらえて異質の二者を重ねるという論調にはついていけない。 劇中で脇役の登場人物がオコーナー作『善人はなかなかいない』を手にしているからといって、それが必ずしもテーマ的に重要だとは限らないと思うのだが。 あれやこれやのシンボルめいたものがあるからといってそれらを全て有意味だと思い込むのは(昨今の文学批評ではもはや顧みられなくなったsymbol huntingのような気がする。

 

創作物の作家ではないが、ノンフィクション系のライターがsymbol hunting やsymbolism huntersに辟易してこんなことをいっている。

The silliness of looking for symbolism in literature – John T. Reed https://johntreed.com/blogs/john-t-reed-s-self-publishing-blog/64283779-the-silliness-of-looking-for-symbolism-in-literature 日付:2015/09/16

 

オコーナーとの表面的共通性とは無縁なところでマクドナーは独自の視点で人間社会を活写しているように思える。

 

正直なところ私にはこのマクドナーが選んだ独自の視点を明快に分析する力はない。それでも性急にオコーナーと同一視するかのような議論には同調できない。

 

ロンドンの大手の劇場でも次々と上演されるほど著名な劇作家でもある本作の監督M. マクドナーはここ10年ほど映画製作に力点をおいている。彼が『スリー・ビルボード』で見せる語り口はアメリカ社会の<よそ者>というか部外者の視点があってこそ成り立つのかもしれない。ましてやアメリカ合衆国の中でも特異な歴史を刻んできた南部は彼にとって遠い異国でしかないはずだ。

 

ロンドンで生まれ育ったのはたしかだが、マクドナーは純粋な英国人ではない。英国在住のアイルランド人を両親に生まれており、マーチンと兄のジョンが成人するまで四人家族だった。貧困にあえぐ故国アイルランドより生活がしやすいからと英国に移住した両親だが、建設労働者だった父親が定年を迎えると両親はさっさとアイルランドへ帰ってしまう。ロンドン残留を選んだ二人は自活せざるをえなくなったようだ。彼らは中等教育をなんとか終えた程度でまともな仕事も見つからず生活保護に頼ったりしたとか。やがて兄ジョンは奨学金を得て南カリフォルニア大学で映画脚本を学ぶために渡米。ひとりぼっちのマーチンの二十代前半の生活はかつかつでいつとはなく興味をもち出した戯曲執筆に萌えていたらしい。

 

両親の帰郷先は父の故郷ゴールウェイ州コネマラ(アイルランド西部、より正確には西海岸の貧しい漁村らしい)。この地域は昔から漁業か農業しかできないアイルランドでも最も貧しい地域として知られる。(私自身十年前に訪れたが、海岸沿いのゴルフ場だけが売りの小さな町だった。

(画像あり:http://www.connemaragolflinks.com/

 

兄弟も子供時代から何度もこの父の故郷を家族で訪ねていたそうだ。

 

<参考>マクドナーの家庭環境についてはアイルランドの演劇批評家(Fintan O'Toole)がアメリカの文芸雑誌『ニューヨーカー』(2006年3月6日)に載せた文章に詳しい。そればかりでなくマクドナーの人となりや芸術的指向性もうかがえる名文だ。https://www.newyorker.com/magazine/2006/03/06/a-mind-in-connemara

<蛇足>『ニューヨーカー』の読者層とは?一般的インテリ層といえそう:http://xroads.virginia.edu/~ug02/newyorker/audience.html

 

そのようにアイルランドの匂いがきつい生活環境に育った監督が自作の舞台劇でたびたびアイルランドの(悲惨な貧しさと侘しさにまといつかれた)寒村を描くのもうなずける。

 

余談ながらマクドナーの劇作品の一つにアイルランドの極度に閉塞した空気に包まれるアラン諸島を舞台にした舞台劇The Cripple of Inishmaan (1997年、『ハリポタ』で有名になった Daniel Radcliffが主演、crippleは日本語にするとケチつける輩が多そうなのでこのまま放置)がある。

<翻訳上演参考サイト>https://www.theatermania.com/new-york-city-theater/reviews/the-cripple-of-inishmaan_68306.html 日本での上演に関しては http://www.umegei.com/schedule/527/ http://blog.livedoor.jp/andyhouse777/archives/66214163.html

 

アラン島はゴールウェイ湾の沖合にある。The Cripple of Inishmaanでは設定に歴史的事実をとりこんでいる。時は1934年、ハリウッドの映画監督ロバート・フラハティー (Robert Flaherty,1884-1951年)によるセミ・ドキュメンタリー映画『アラン (Man of Aran)』に出演させてもらおうと企てる。ビリーにすればハンディだらけの自分の境遇に加えて因習にがんじがらめで息が詰まりそうな島の生活から脱出する手立てがほしいのだ。おまけに彼は貧しい孤児で身体障害者。教育もろくに受けていないという何重ものハンディを負っている。このままでは未来は開けるはずもない。当人にすれば行きながら死んでいるに等しい状況なのだ。

 

フラハティー監督の映画で主役の漁民夫婦を演じたのはプロの俳優なので純然たるドキュメンタリーではないものの漁民たちの厳しい日常をうかがえる映画『アラン』の動画の一部はこちら→ https://vimeo.com/42366691 https://www.youtube.com/watch?v=Pc1SkNsYHig

全編(74分)も視聴可能。https://www.youtube.com/watch?v=rIWYXnxz968 劇映画仕立てではないので退屈といえば退屈だが、漁民の生活の一面がうかがえる。失礼なことを承知でいえば、まるで原始時代みたいだと言う印象。

ミュージック・ビデオ風に紹介される現在のアラン島: https://www.youtube.com/watch?v=spasm30qASE

 

ちなみにアイルランドの代表的劇作家の一人ジョン・ミリングトン・シング(John Millington Synge, 1871-1909年)も似たような(つまり過酷な)状況設定を好んで選んだ。漁民が常時晒される水難事故の危険性がある。他方不順な天候と痩せた農地は飢饉を招きやすい。

 

ダブリンで生まれ育ったシングだが、ダブリンの都会的文化とは真逆といっていい素朴なアラン諸島の人と風土に強い愛着をもっていた。

 

ただし劇作家としてのシングもマクドナーもそういう過酷さは常にエスニックなユーモアと複雑に混じり合っている。

 

マクドナーの場合複雑かついびつに変化してきた社会を意識せざるをえない。シングの時代にはなかったハイテク文明が世界をほとんど覆い尽くしながら人々の生活には極端な格差が生じている。作者がそういう社会と人間を見る目は純粋に悲劇が映るわけではない。アイルランド民衆に伝統的に受け継がれてきたユーモア、いやブラック・ユーモアの精神は過去に比べて一層ねじれの度合いがましている。現代の観客にまがまがしい「死」の予感に通じるような不安と恐怖を引き起こさずにはおれないはずだ。

 

実際マクドナーの劇作品はその個性的なユーモア感覚をつぎのように表現されることが多い。

black comedy, a macabre joke, macabre tragi-comedy, dark comedy, macabre humor, gallows humor

 

最後にあげた「gallows humor(絞首台のユーモア)」は死刑執行間際の犯罪者が死の恐怖におののきながらも冗談を口にするというなんとも皮肉な状況をさす。macabre humorのmacabreは中世ヨーロッパに流行した寓話「死の舞踏la danse macabre」に関連づけられることの多い語で死の予兆として受けとられてきた。

 

おっと、マクドナーとオコーナーとの違いを指摘するつもりが、長らくオコーナーを置いてきぼりにしてしまった。話を元にもどさなくては。

 

たしかにオコーナーの小説もマクドナーの戯曲や映画作品同様暴力性に染め上げられてはいる。そのためdark comedyやdark humorと表現されがちである。 だが、作中に読者を死の恐怖に追いやるような仕掛け(macabre humorとかgallows humor)はなさそうだ。

 

繰り返しになるが、劇中で登場人物の一人が手にする(読んでいる)オコーナーの著作がはたしてマクドナー映画のテーマを浮かび上がらせているだろうか。とてもそうは思えない。マクドナーは21世紀を生きる批評意識の強い芸術家である。諸々の文化的「伝統」に対しては彼なりの敬意を表しているだろうが、手放しで称賛しているわけがない。

 

『スリービルボード 』をめぐるアイルランドとアメリカの作家の重ね合わせについて Irish Times 紙の映画批評家 ドナルド・クラークは疑ぐりの目を向けている。

 

氏の意図を私なりに解釈してみよう。アイルランド人作家の場合自虐的皮肉が混じるかどうかは別にして自国の文化的伝統を反映するステレオタイプ化された事物を作中で披露する傾向が強い。劇作家としてのマクドナーもその例外ではない。アイルランド人批評家もそういう事情をよく心得ていて適宜聞き流したりする。ところがアメリカ映画でオコーナーのようにアメリカの個性的な作家となるとアメリカ人は自国の文化的アイコンに過剰な反応を示すではないか。

 

無教養なRed Wilby君(看板広告会社支店長?)が文学作品を読んでいても知的な雰囲気はほとんど醸し出されないとクラークはいう。だからこの読書のショットはオコーナーの文学性とは無関係だ。

<原文多めに引用> At any rate, arguments for heightened reality have not silenced American commentators who feel that the London-Irishman does not have the local knowledge to attempt such a cross-section of middle-America. Irish critics have been more tolerant of McDonagh’s deliberate dialling up of national stereotypes in his celebrated plays. In that case a conversation is being had with literary history. Having one character conspicuously brandish a Flannery O'Connor novel does not have the same effect in Three Billboards. The intellectual atmosphere feels thin.(下線は私が引いた。)

(注記)文中middle-Americaという表記があるが Midwest [合衆国中西部]というべきところを氏は意図的に言い換えているのかな?

<出典>  ‘Three Billboards’ is not suffering a backlash: some people just didn’t like it https://www.irishtimes.com/culture/film/three-billboards-is-not-suffering-a-backlash-some-people-just-didn-t-like-it-1.3366972

 

『スリービルボード 』の映画批評をいくつかのぞいてみて思うのだが、symbol huntingに血道をあげるのはうんざりだ。

早春の丹波篠山で能・狂言を楽しむ

第45回 篠山能

平成30(2018)年4月14日(土曜)

13時開演

重要文化財 春日神能舞台 (兵庫県篠山市)

前売り一般 5,000円(当日5,500円)

演目・出演:

能 「半蔀(はしとみ)」 梅若 万三郎

狂言「寝音曲(ねおんぎょく)」 茂山 あきら

能 「鉄輪(かなわ)」 大槻 文藏 

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昨年に続いて二度目の篠山能観劇。前回は終演近くになって雨が降り出したが、今回は最初の演目が終わりかけた頃から小雨がぱらつき始めた。本格的な雨ではなかったが、山沿いの町篠山特有の(よそ者には若干ながら)肌寒さと相まって絶好の観劇日和にはならなかったのが残念。でも公演内容は見応えがあった。

 

「半蔀(はしとみ)」はいうまでもなく『源氏物語』の「夕顔の巻」に材をとっている。アサガオとは別系統のウリ科ユウガオ(夕顔)は一晩花開いて翌朝にはしぼんでしまうことから儚さを連想させてきた。『源氏物語』の同名登場人物もそういうイメージで描かる。ある種の気まぐれから源氏に思いを寄せられた夕顔の君は束の間の逢瀬のあと物の怪にとり憑かれて生き絶えてしまう。この怨霊の正体は一説には源氏に激しい恋心を抱く六条御息所といわれたりもするが、物語中では明かされない。

 

源氏の一瞬の寵愛に幸せを感じた夕顔も突然の死で冥界へ追いやられる。死後無念な思いに苦しむ夕顔は現世を訪れ、旅の僧による弔いのおかげでようやく心の平安を得る。

 

能楽では高齢男性が気品溢れる若女の能面をまとって舞うことはよくある。今回の1941年生まれの三世梅若万三郎さんはたしかににそつなくこなされたことには異論はない。 とはいえ儚さの象徴のような夕顔の存在を浮き彫りにできた華道家については少々疑問が残る。

 

古代建築用語「半蔀」について 言わずもがなかもしれない付け足し的語注。 板の両面に格子を組んだ戸。長押 (なげし) から吊上げる。上下2枚に分れ,上半分だけ上げるものを半蔀 (はじとみ) という。寝殿造,住宅風仏堂,神社の拝殿などに用いる。(https://kotobank.jpより)

 

能楽謡曲)では濁音を排して「はしとみ」と読むようだ。

 

次に観客が感じる「半蔀」の重さを癒すような笑いの溢れる狂言「寝音曲」はいつもながら太郎冠者の頓知、機知に溢れる様を楽しませてくれる。太郎冠者日頃から感じている主人に対する不満、対抗心を下地にしてなんとも心憎いユーモア精神満載のワル知恵を発揮するも少々度が過ぎて大失敗。

 

主人が太郎冠者に向かって人づてに聞いたところではお前は歌上手だそうだからぜひ今ここでいい声を聞かせろと迫る。太郎冠者にしてみると主人に歌が上手いことがバレるとしょっちゅう客席などで歌う羽目になると面倒だとワル知恵を働かす。女性(芸妓あるいは妻?)の膝枕でないと歌えないと屁理屈をつけて断るものの主人は自分の膝を貸そうと言い出す。仕方なく膝枕をしている姿勢の時はまともに歌い、起き上がるとわざとしゃがれ声や奇声を発してみせる。寝たり起きたりの姿勢を繰り返すうち間違えて逆転。寝ているときにこそ美声を聞かせてしまう。

 

先月の神戸能楽堂では同じ演目で茂山忠三郎さんの名人芸を楽しんだが、今回もベテラン狂言師茂山あきらさんの見事な芸を見せてもらった。

 

しかし寝たままの姿勢で歌唱できる狂言師の方々には感心するしかない。そのためには単に才能だけでなく地道な修練がなくてはならないに違いない。名人芸を見せていただいて観客としては感謝の一語に尽きる。

 

また主人役のベテラン狂言師網谷正美さんの味わい深い演技もありがたい。

 

最後の演目「鉄輪」は名人大槻文蔵さんの登場。1942年生まれで能楽師として大ベテランだが、今回文蔵さんの動きは夫に裏切られた女性の姿を浮き彫りにしていたと思う。物語の背景で彼女の元夫は別の女性に乗り換えたことになっていてこその二人に対するはげしい恨みが静かな動きの中で視覚的に描かれていた。上半身の衣装の色が若干くすんでいながら鮮やかな橙色であること、そして元夫が新しく娶った後妻をひと束の髪で表象し、それをズタズタに切るかのように手刀を当てる様。このような視覚的表現で彼女の思いが鋭く観客の心を打ったのではないか。

 

文蔵さんで思い出すのは昨年5月に奈良県桜井市にある多武峰(とうのみね)の談山神社で催された『談山能』で演能中に転倒されたことだ。神社の祭壇前を能舞台に見立てているが、橋掛りに見えなくもない短く低い欄干があり、能面をまとって視野が狭められた状態で登場した文蔵さんはその欄干の位置を見損なって大きく転倒された。観客咳が一瞬凍りつくが、すっくと立ち上がりそのまま何事もなかったかのように舞い続けられた。この椿事に肝をつぶした一方で能楽師の日頃の鍛錬のすごさに感じ入った次第である。

 

来年が楽しみだが、うららかな春日和であることを期待する。しかし芸能を守る由緒ある神社での祭り事の一種である演能なのでポカポカした日差しばかりより多少とも冷気と悪天候も混じる方が観客の心を引き締める効果があって好ましいのかもしれない。

2018年春、パリ・オペラ座バスティーユに再度新風を吹き込むミルピエ

去る3月下旬(2018年)生まれて初めてパリ・オペラ座を訪れた。バレエとオペラに関してはまだ初心者のファンだが、第一の目的はバンジャマン・ミルピエ(Benjamin Millpied1977年生まれ)が振付を担当した舞台を観るためだ。迂闊にも知らなかったが、日本でも人気のあるマチュー・ガニオオペラ座エトワール)をはじめオペラ座のトップ・スターたちが交代で今回の2本立て公演『ダフニスとクロエ』(ラヴェル作曲、古代ギリシア恋物語に基づく)および『ボレロ』(ラヴェル作曲)の主役にキャスティングされた(2月24日〜3月24日)。

 

配役詳細: https://www.operadeparis.fr/saison-17-18/ballet/benjamin-millepied-maurice-bejart/distribution#head

 

残念ながら私には両演目の従来の振り付けとの差異を論じることはできない。しかし素人目にも舞台の清新さは感じられた。とりわけ男女共衣装は薄い生地ながらも身体を拘束するような伝統的衣装を廃して白を基本カラーに身体をふわりと覆うようなものだったことが印象深い。

<参考動画> 何年版かは不明だが、今回見たのと似ているーhttps://www.youtube.com/watch?v=0_N60WyJcLM

 

素人の勝手な連想にすぎないが、モダン・ダンス生みの親と言われるイサドラ・ダンカン(Isadora Duncan、1877-1927年)を思い出した。

参考サイト:http://www.duncandancers.com/about.html

 

後半では光の三原色、赤、青、緑を少しくすませた色合いの衣装で男女が踊る。

<参考動画>

2018年版?—https://www.youtube.com/watch?v=7KNpshI0T1g

 

こういう衣装のシンプルさがシンプルなストライプを基調にした(現在80歳になる)ダニエル・ビューレンによる舞台美術と相まって情熱に溢れながら清々しい出来栄えになっていた。

<参考動画>

2014年版—http://www.ina.fr/video/5258740_001_030

 

ちなみにフランス語の批評(google翻訳で英語に転換するとかなり読めると思う)は概ね肯定的。だが、英語で書かれた批評を一つ見つけたが、これは辛口だ。世間に広まった名声に見合うだけの仕事ができていないという。

https://www.fjordreview.com/marie-agnes-gillot-paris-opera-ballet/

筆者はJade Larineとあるが、ペンネームだろうか。同名の人がパリ大3大学の比較文学専攻のポスドク(博士号取得後で求職中の研究者の卵)として見つかったが、同一人物かどうか不明。

 

話を元に戻そう。質素、簡素、清新な色調は(突飛なことを言うようだが)チベットの僧侶の衣装や民族衣装を思い起こさせる。

 

このような根拠の薄い連想を元に発言するので誰にも信用されそうにないが、『ダフニスとクロエ』のフィナーレではミルピエ自身がダンサーの一員として参加していて驚いた。やはり彼の踊りはひときわ精彩を放っていたと思う。とりわけミルピエの姿はチベット僧ではないが、どこかの国の<修行僧>に見えた。一部の隙もないほど自己を厳しく律する姿勢が印象に残る。

 

このようにミルピエはダンスの極地を追求する宗教的求道者を思わせる。その点で旧ソ連ウクライナ出身のバレエ・ダンサー、セルゲイ・ポルーニン(Sergei Polunin、1989年生まれ)に似ている。ポルーニンの存在はドキュメンタリ映画『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』(2016年)で日本にも紹介された。

<参考動画>

https://www.youtube.com/watch?v=FLcSAJq_HSg N. Osipova, S. Polunin - Giselle(6) 24.07.15. Moscow

https://www.youtube.com/watch?v=9eEhkaNRecw 

 

ところでヨーロッパとは必ずしも同質ではないアメリカで伝統的バレエの訓練を積んだミルピエだが、彼の資質が大きく影響してモダン・ダンスへと方向転換したようだ。もちろん伝統的バレエに対する関心と敬意は失ってはいない。このことは彼が2014年アメリカから故国に呼びもどされて伝統志向の強固なパリ・オペラ座のバレエ団芸術監督を引き受けたことからもわかる。また一年余りでその座を退きながらも今回オペラ座バレエ団を振付けた事実にも表れている。

 

ミルピエはフランス、ボルドーの生まれでバレエ・ダンサーだった母の影響で幼少期からバレエを始めている。十代半ばでNew York City Balletに関係があるThe School of American Balletの夏期講習で渡米。フランス流バレエからスタートして彼だが、アメリカン・スタイルに強く引かれたらしい。その後すぐにフランスの奨学金を得てこのバレエ学校に正式留学。まだ10代後半のミルピエだった。1995年、二十歳になる少し前New York City Balletに入団を許可される。それからわずか7年ほどでバレエ団ダンサーの最高位「プリンシパル」(フランスの「エトワール」に相当)を授けられる。

 

それから約10年間バレエ。ダンサーとして活躍する一方で振付けにも情熱を燃やす。彼の活動領域はフランスやスイスのバレエ界、さらにはメトロポリタン・オペラの振付けにも及んだ。おそらく伝統に固執せず新しい地平を切り拓くのを信条とするアメリカのバレエ界からの刺激があって彼本来の創造性が活性化されたにちがいない。

 

成長し進化する彼の創造性は比較的自由で許容性の高いアメリカのバレエ界でさえも息苦しく感じたのだろうか。2011年長年親しんだバレエ団からの退団意思を表明。

 

同年、信頼の置ける仲間たちとL.A. Dance Projectを設立する。モダン・ダンスの未知の領域の開拓に邁進。

 

その輝かしい才能と活躍振りに注目した伝統重視のパリ・オペラ座がミルピエをバレエ団芸術監督という重責を負うポジションに招く。

 

ミルピエも挑戦心を掻き立てられたのだろう、期待に応えるように真摯に努力したもののバレエ団最高幹部諸氏はバレエ団全体を説得できていなかったらしい。結局ミルピエは1年余りで当人にとって無念にも芸術監督退任となった。だがバレエ団全体の意思が彼を支持しなかったのならその立場にとどまる意味がないし開拓精神溢れるミルピエにとっても不幸でしかなかっただろう。

 

現在ミルピエはアメリカにもどりL.A. Dance Projectを続行しており、国外での舞台でもダンサー兼振付師として活躍中だ。