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劇団 悠、幸先のよいスタート(2016年1月、木川劇場)

新年を迎えた劇団 悠は舞台に熱気があふれている。ファンとしてはうれしいかぎりだ。

 

昨年末大阪「明生座」での2ヶ月間連続公演では集客に苦労していたようだが、この期間は劇団自体にとって次の飛躍に向けた準備の時だったのかもしれない。雌伏の2ヶ月。また、姫路にシネパレス山陽座という公演場所 ー映画館内の特設ステージらしいー が確保できたことも幸しているのではないか。これは私見だが、(活動圏が北に偏っていた)下町かぶき組全体にとって西の拠点が生まれたことを意味する。というのも姫路は岡山からも大阪、神戸からものアクセスが便利だから。そういう意義深い新設舞台でたった3日間だったが、下町かぶき組のトップを切って「劇団 悠2015年ファイナル公演」を打った。これが劇団の新たな飛躍につながったと思う。

 

1月5日の芝居は長谷川伸・原作『瞼の母』(母と子の再会の場面のみ)だった。劇団員が若いこと、大衆演劇の伝統を濃く受けついでいるわけではないという事情から判断してひょっとしてコメディー・タッチに改作か?そんな私の勝手な予想に反して正統派の悲劇だった。三十年という長きにわたって生き別れた母と息子がようやく再会して味わわされる皮肉な結末。とはいえ一世代昔の観客になら通じたかもしれない深刻極まる悲劇にならずあっさりとした演出。それでも見る者一人ひとりが心で静かに感動を味わったにちがいない。物理的に感涙にむせんだかどうかは問題ではない。それも当然だろう。劇団 悠は親の世代から継承した大衆演劇観や演技術とは無縁だ。若い役者たちが自分達の想像力と感性をもとに誠実に虚構の世界を紡ぎだすのに成功したと思う。

 

出演者全員がそれぞれの役を丁寧に演じていたことは間違いない。とりわけ印象に残るのは座長松井悠が演じる幼い頃に生き別れた母を尋ね歩く江州生まれの「番場の忠太郎」という博徒が(昔ながらの月並みな)一大悲劇のキャラにならない点だ。おぼろげな記憶をもとに母を乞い慕う男は単なる女々しい男ではない。路銀を稼ぎながらあてどなく母探しの旅をつづけるためにやむなくさすらいの博徒にならざるをえなかった。そういう男はある意味凛とした存在だ。孤独に絶える強い一匹狼。しかしその一方で母の愛を喪うという深いトラウマもかかえる。そういう人間の複雑な姿を松井悠は限られた上演時間のなかで大仰でなく淡々と演じていたのが好ましい。

 

もう一人、忠太郎の生みの母(お浜)は特別ゲスト藤 千之丞(フリーランスfreelanceの役者さん)。お浜はかつて忠太郎を生んだが、夫の女道楽が原因で婚家を去る。苦境に耐えてのちに再婚し今は江戸柳橋の料理茶屋「水熊」の女将となっているという設定だ。

 

お浜は忠太郎に対する愛情と再婚先で設けた娘お登世に対する愛情とに心が引き裂かれているようだ。しかし、思うに父親のことなるわが子二人に対する愛情は半々ではないだろう。また現在一つ屋根にに暮らす娘に対する愛がお浜本人の述懐にもかかわらず忠太郎に対するそれにまさるわけでもない。実はお浜がもっとも気にかけている、いやこの三十年間ひとときも忘れることなく強く思いつづけてきたのは忠太郎一人にほかならないのではないか。だからといってお登世を軽んじているわけではない。お浜にはどちらも愛しい存在だ。だが、それでも忠太郎が愛しくてたまらないのだ。しかし、そのことを認めるとお浜は平常心を保てない。気が狂うしかないと、自分で思っている。狂気はお浜のすべてを奪う。お登世のみならず忠太郎との関係すべてを滅ぼすにちがいない。それはお浜にとって堪え難いことだ。だから狂気におちこむ一歩手前で踏みとどまるしかない。心では必死に忠太郎を求めながら、表向き親子の縁をきっぱりと否定する。

 

実はお浜には見果てぬ夢を見るしかほかに手立てがない。その夢の中でだけお浜は息子忠太郎と強いえにしで結ばれているのだ。お浜は両の腕で抱きしめることのできないわが子を三十年間ひそかに、しかし必死に思いつづけた。長い年月をへて生身の息子忠太郎に出会ったとしてもその忠太郎はお浜の心の中に存在する「忠太郎」とは別人だとしかお浜には思えないのではないか。お浜の目に映る現実はすべて母と子の絆を引き裂く冷酷無残な世界でしかない。そんな現実世界で忠太郎があらわれてもそれは虚妄以外のなにものでもない、とお浜には思える。お浜の最愛の忠太郎はお浜の心の中にだけ存在する。その意味で忠太郎はお浜にとって「瞼の息子」とよべるかもしれない。

 

母と息子のすれ違いの悲劇という設定は原作者長谷川伸の生い立ちが関係しているのだろう。『瞼の母』というタイトルこそがそういう悲劇的皮肉を暗示している。

 

特別ゲスト藤 千之丞は劇団にとって「特別ゲスト」という扱いだが、私見ではこの劇団との相性が一番よさそうだ。余談ながら、千之丞が茨城出身で高橋が栃木出身という隣県どうし。私は未見だが、二人の出身地をネタにした掛け合いがみごとなお笑い芸になっているとか。正式座員として入団あるいは少なくとも1年更新の契約ができるといいのにな。

 

さらにまた高橋茂紀の貢献も忘れてはならない。高橋が扮した「老いた夜鷹」忠太郎の生みの母お浜のかつて夜鷹時代の仲間)は変顔メークの男優が演じる点と小柄な「忠太郎」に対して異様に大柄である点で滑稽さがます。その滑稽ぶりが逆に「お浜と忠太郎」との関係の悲劇性を浮き彫りにする。このように喜劇と悲劇が通じ合うのは二人の「母」に共通項があるためだ。生き別れにしろ死に別れにしろ、母と子の関係が引き裂かれるというやわらげようのない苦痛を味わっているのだから。

 

木川劇場は阪急十三駅から東へ徒歩10分あまり。二つの商店街をぬけてすぐ右手に木川劇場がある。このサイトが写真付きでわかりやすい:http://www.taisyuuengeki.com/十三駅から木川劇場/。観客席はこぎれいだし、トイレも清掃がゆき届いている。これは観客、とくに女性にとって大いに好ましいことだろう。

 

ちなみに劇団の人気者「高橋茂紀」がブログ(高橋茂紀's BLOG)で上演予定演目などについてこまめに情報発信している。近々のイベントとしては1月10日フリーランスの名優沢田ひろしがゲスト出演。1月16日に『化け猫』、18日に(先月大好評だった新作狂言)『新撰組』。これら二つの渾身の作が再見できるのはうれしい。