「戟党市川富美雄一座」に期待する

2016年8月、大阪市大正区にある「笑楽座」で公演中。

8月11日久しぶりに笑楽座を訪れ初めて見る戟党市川富美雄一座を観劇。当日は(後で考えると)ゲスト(下町かぶき組劇団一家の)岬寛太座長のおかげでほぼ満席だった。私の経験では桟敷席にまでお客が入ることはなかったので驚いた。芝居は『新月桂川』。渡世人の兄貴分と弟分の一家の跡目と親分の娘をめぐる争いが生じる。だが兄貴分は男気、義侠心を発揮して親分の娘と相思相愛の弟分にライバルの一家の親分の首級をあげた功績を譲り去ってゆく。富美雄座長が兄貴分、市川千也が弟分をそれぞれ演じる。二人とも比較的あっさりとした役作りながら一種の兄弟愛が説得力のあるものとして私には伝わってきた。上出来だった。

 

13日(土)に再訪。週末にもかかわらず客入りがよくないし桟敷席にいたっては無人。11日の盛況はやはり(今年1月から5月にかけて近畿圏で公演した実績が生んだ)「岬寛太・効果」だったのか。下町かぶき組ファンとしてはうれしいけれど戟党市川富美雄一座を新規に応援する者としてはがっかりだ。

 

さてこの日の芝居は『興津の夜嵐』。座長のお話では座長の祖父にあたる方が昔舞台にかけていたとか。忠誠を誓った親分(笑楽座所属・中海加津治)の身代わりに罪を着た男(市川千也)はようやくご赦免になり近々帰ってくるという。しかし男の服役中に女房(紀 訥紀乃)はライバル一家の親分(富美雄座長)となさぬ仲となっている。一家にもどった男は女房の裏切りを知る。復讐の鬼となった男は女房とその情夫を成敗しようと敵地に乗り込むが、返り討ちにあってあえない最期をとげる。

 

それを知った男の弟分(飛雄馬)が兄貴分の仇討ちに。われらがヒーロー<飛雄馬>の活躍の場となる。

 

この仇討ち譚はもうひとりヒーローが登場する。それが座長の15歳の次女市川菜々美演じる美形の若衆、振袖千太である。主筋に関係なさそうなのにやや唐突に出現。本人いわく空腹のあまり一家の軒先に倒れていたのを助けられたとか。それ以来一家の客分として世話になっているそうだ。助けられた恩義に報いるためと称してこの弁天小僧ばりの振り袖を着た女装の若衆も仇討ちにかけつける。二人のヒーローの活躍で無念の死を遂げた男のかわりに無事間男成敗を成就する。

 

とりわけ振袖千太の活躍はめざましい。弱冠15歳の實川菜々美が仇討ちの場面で見せるお嬢吉三か弁天小僧かとみまごうばかりのタンカがお見事。いなせなセリフ回しはまだ修練が必要ではある。が、まだコドモっぽさが残る声音ながらドスをきかせるところはきちんと効果を出していた。大衆演劇の子役にまま見受けられる妙に完成したようなこましゃくれた演技とは違い菜々美の舞台姿は未完成ながら今後の成長を期待させるにじゅうぶんだ。

 

この芝居では菜々美は女優として振袖千太という女装するオトコに扮していてジェンダー(社会的に位置づけられる性別)が一捻りも二捻りもされた役柄を魅力あるものに仕上げていたようの思える。タカラヅカの男役にも引けをとらないだろう。こういうジェンダーの転換に関連させていえば個人舞踊で踊った立役(曲:氷川きよし『白雲の城』)も踊りぶり、体さばきがよかった。すぐに頭打ちする小器用さとは無縁の才能がうかがわれる若き女優だ。

 

振袖千太に見られる人物設定の魅力とは別にこの芝居の魅力がもうひとつある。ホンモノ(真)とマネゴト(贋)のコントラストがそれである。男の女房と悪の親分との不倫関係がモドキ(マネゴト)という仕掛けで再現されて観客の笑いを誘う。芝居の前半で女房と間男が手に手をとって退場する男女の道行きの場面がある。それを振袖千太が逗留する一家の三下(座長の三女 實川 結)が見ていて偶然通りかかった敵方の用心棒(市川千也の二役)を相手に道行を真似てみせる。これで物語の生命力が向上する。生き生きしてくるのだ。

 

この芝居だけでなくほかの芝居でもこういうモドキはどしどし工夫を凝らしてとり入れるべきだ。伝統的に大芝居、いわゆる正統の歌舞伎のモドキを見せて観客を感心させ楽しませるのが小芝居、緞帳芝居、旅芝居の特徴であり強みである。大芝居を忠実に再現するのではなく、いかにもそれらしくホンモノの「コピー」を新たに創造することの醍醐味。小芝居が大芝居に対抗できる魅力の源泉がここにある。

 

余談だが、振袖千太という人物が物語に関与してくる事情が現状では曖昧すぎるので理由づけをはっきりとさせる必要あり。座長によるひと工夫を期待したい。ちなみに軒先に倒れているという設定はすでに廃れてしまったといえる厄払いの儀式として新生児を一時的に捨て子状態に置くという習わしを連想させないでもない。捨て子の過程を経ることで新生児は健やかな成長と幸福な人生を約束されるとかつては信じられていた。今でもこういう習わしが存続している地域もあるらしい。折口信夫のいう「貴種流離譚」の変形かもしれない。英雄となるべき人物はきびしい試練をくぐり抜けてこそ将来世に尊ばれる英雄へと成長するものだという民衆の期待。この芝居にかぎらず「振袖千太」と同種の人別設定の背景にはこの手の民衆の期待があるのだろう。

 

余談をもうひとつ。振袖千太役の菜々美の衣装はなんと彼女の祖父市川千車が50年以上前梅田コマ劇場出演寺にまとった振袖だと座長が打ち明けていた。絹物は大事に保管すれば今でも衣装として輝きを放つものだと感心した。多分今は亡き祖父が孫の名演に力添えしたのだろう。