『ボリショイ --- 二人のスワン』、出演者の表現力半端じゃない!

Большо́й [Bolshoy] (『ボリショイバレエー 二人のスワン』2017年)

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バレエ、体操、演技。ロシアの芸術的伝統おそるべし(敬意を表すしかない)。

(文中添付画像は全て無断で使わせていただきました。)

監督 Valery Todorovsky Born in1962 in Odessa, Ukrainian SSR, USSR as Valeriy Petrovich Todorovskiy. He is a producer and writer, known for Stilyagi (2008), Ottepel(2013) and Strana glukhikh (1998).

 

ストーリー展開の密度が高くて画面に釘付け。2時間にわたる上映時間中持参のランチに手が伸びなかった。

 

この映画はドキュメンタリーではなく完全にフィクションである。脚本は女優業もこなすというAnastasiya Palchikova。

 

すごい!ロシア語のみで全編ネットで公開!画質も比較的良好。映画館で日本語字幕付きを鑑賞後これを見るといいかも。

https://www.youtube.com/watch?v=s2e43_Lt51c

3時間版(TV用シリーズ物)を見つけた。

だけどがっかり。視聴地域限定。

Просмотр видео ограниченв вашем регионе 「お住まいの地域では視聴できません」 おそらくロシア国内のみかな?残念! https://russia.tv/video/show/brand_id/61798/episode_id/1714287/video_id/1816407/

 

出演者は大人も子供も誰もが日本でいうタレント役者と違って皆ガッツのあるいい面構えをしていて感心した。

 

下に引用した記事によると若手(20代)の主だった出演者はYulyaを演じたMargarita Simonovaがポーランド国立オペラ座バレエ団の主役級ダンサー(プリンシパル)、Mitya役のAndrei Sorokinもロシア国立エカテリンブルク オペラ・バレエ劇場所属の主役級ダンサー、Karina役のAnna Isaevaはどうやら無名のバレエ学校の生徒らしい。それでもあれだけの容姿と踊りを見せるのだからロシア・バレエの裾野は広いしレベルも高い。

 

一方10代のバレエダンサーの卵たちは全員体操学校の生徒だとのこと。ロシアは18世紀の昔、ピョートル1世の時代以来軍隊と学校で「体操競技」が教育の重要な位置をを占めてきたという歴史がある。バレエと体操競技は共通項が多いのでロシア(旧ソ連)が両分野で長年世界をリードしてきたのもうなづける。

<上で触れた記事>

https://themoscowtimes.com/articles/bolshoi-new-movie-explores-love-and-competition-at-russias-best-known-ballet-57940 ‘Bolshoi’: New Movie Explores Love and Competition at Russia’s Best-Known Ballet May 09 2017 - 13:05 “I very quickly realized that traditional drama actors won’t be able to play these roles. However thin, slim and flexible they were, they wouldn’t be able to have an argument while raising their legs [up to their ears]. It’s just impossible.” Todorovsky and his team went to pretty much every ballet theater in Russia and some of the former Soviet Union countries scouting for the right balance of ballet and acting skills. Margarita Simonova, who plays Yulya, was found at a theater in Warsaw (Poland), while Anna Isayeva, who plays Karina, was at a dance school in Moscow. Andrei Sorokin, who was cast for the role of Mitya, the girls’ mutual love interest, is a principal dancer at the Yekaterinburg Theater of Opera and Ballet. “The trick was to find young actors, who would look similar to play our main characters as children,” says Todorovsky, explaining that they were discovered not in the ballet, but at gymnastics schools. Another aspect that makes “Bolshoi” all the more interesting to watch is that all the scenes that take place inside the world- famous theater were really filmed there, a privilege that not many filmmakers enjoyed in the past. On the other hand, the ballet academy is a replica built at a film studio because filming on location would interrupt the teaching.

 

主人公Yulyaは250年近い歴史を誇るロシアの名門ボリショイバレエ学校(モスクワ国立舞踊アカデミー)でライバルKarinaとともに最優等生としてバレエとオペラの世界的メッカの一つボリショイ劇場という檜舞台での活躍を期待されている。

 

物語の3分の1近く10歳の少女として描かれ、やがてバレエ学校在籍8年が経過。物語は完全な時系列ではなく、時折入学直後のYulyaの姿が現在と過去が交差するフラッシュ・バックの手法で描かれる。

 

卒業後はボリショイ劇場でsoloistとして主役を張るかあるいは群舞corps de balletの一員になるかの分かれ道。また才能が認められなければ地方の劇場へ都落ちするかバレエを断念するしかない。在籍中は在籍中でまだ10代のダンサーの卵たちがお互いにライバル意識に苛まれながら稽古に没頭する過酷な毎日が続く。ストレス満載のきつい人生だ。

Yulyaの実家は両親共働きだが日々の生活はかなり大変らしい。おまけに父親は事故死して母親が通いの家政婦として働く日々。8年ぶりに実家に戻ったYulyaが目にするのは肉抜きでキャベツと水と塩だけの「ボルシチ」と母が雇い主の家で手に入れた「残飯」としか見えない食べ物だ。

 

他方Karinaは裕福な家庭のこども。母親は娘がYulyaに若干劣ることを察知していて家計の苦しいYulyaの実家に金銭的援助と引き換えに卒業公演での主役(『眠れる森の美女』オーロラ姫)の座を譲ってもらおうと企む。プライドを傷つけられ一度は拒絶するが、息子3人を母一人で養うという所帯の困難さを思ってKarinaの母親の頼み通り主役を譲る。

 

Yulyaは入学当初から往年のレジェンド・バレリーナGalina Beletskayaに才能を見込まれている。老いたるといえどもGalinaはバレエ学校で最大の権威をもつ教師である。

 

それにもかかわらず親を助けたい思いからプライドを捨て金銭と引き換えに晴れの舞台の主役を譲ったことが災いして今後はKarinaがソロイストsoloist、自分は二番手の地位に甘んじなくてはならない。

 

驚いたことに映画の結末近くでKarinaとYulyaの順位が逆転する。当初Karinaに決まっていた『白鳥の湖』のオデット役がYulyaに回ってくる。その訳はこうだ。かつてKarinaの母親が金づくで主役の座を買い取ったことを恥じるKarinaは仮病を使って本舞台を欠席。急遽主役の交代が決まる。バレエ界(芸術、芸能の世界全てかな?)では永久につきまとって離れないライバル意識だが、Yulyaの最終的勝利という結末なのか。勝負の結果は結果である。

 

しかしこの展開では残念ながら監督がセンチメンタリズムに負けたと思わざるをえない。

 

だが考えようによっては日本語題名『二人のスワン』が示すようにYulyaとKarina、どちらが主役を張ろうと同じことなのではないか。というのも彼ら二人は同一人物の表と裏あるいは右と左をそれぞれ体現しているとも言えるのだから。「二人のスワン」とはバレエダンサーとしての成長と成功を夢見る一人の女性の物語。彼女が鏡の前に立つと自分の姿が見える。その左右反転した自画像をライバルとして見つめる。

 

鏡に映る自分を見据える彼女は引退するまでは立ち止まることを許されないバレエダンサー。立ち止まれば進歩、向上がなくなる。「二人」は互いに意識することで停滞、退歩を免れる。

 

物語の結びではYulyaが国際的バレエ界のレジェンドの一人だが今や絶頂期をすぎた男性ダンサー(現在物語の舞台であるバレエ学校の教師、バレエ学校宿舎の場面で何度かそのポスターが映し出されるアントワーヌ・デュバル)の相手役となる。

 

ちなみに映画評などによるとこの順位の入れ替わりはこれで固定される設定になっているとか。となると観客一般の期待を先取りして監督がそういう観客に媚びているともいえなくもないが、どうだろうか。

 

ここまで「二人のスワン」すなわち将来を嘱望されるYulyaとKarinaのライバル争いをこの作品の中心テーマとして見てきた。

 

このメインテーマに対して副次的なものだが、ひとつ気になることがある。この映画あくまでフィクションだが、バレエ界からクレームがつくのではと心配になるほど所々でバレエダンサーの過酷な現実が描かれる。とりわけ驚いたのは80代のGalina、かつての大スターも老いには勝てず痴呆の兆しも出始めていることが指摘される。素人考えだが、レジェンドを前にして<老い>を言挙げするなどありえないことだと思える。こんな場面、よく出せたなと感心したりする。

 

いかに人間共通の老いという弱みがロシア・バレエ界の女王として崇められるGalinaを通して描写するのはドキュメンタリーでなくフィクション映画だからこそだろうか。

 

男女ともにまるで空中を身軽にかける妖精みたいなバレエダンサーだが幼少時から20年、30年と連日肉体を酷使すれば生身の人間でもある彼らの肉体は傷つく。多くのプロのダンサーが中途で引退するが、以後障害で苦しむ人も少なくないそうだ。

 

無駄な贅肉一切なしとはいえ、ことに何世紀にもわたり肉食を好んで摂取してきた欧米人の場合男女とも高身長で筋肉が無駄なくついている。体重が見た目ほど軽いはずがない。それで跳躍を繰り返せば腰や脚の関節に大きな負担がかかる。劇場で観劇すると着地のたびに衝撃音がはっきり聞こえて心配になったりする。

 

最近のバレエ・ドキュメンタリー映画、『ウリヤーナ・ロパートキナ 孤高の白鳥』(2015年)、『ミルピエミルピエ ~パリ・オペラ座に挑んだ男~』(2015年)、『セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』(2016年)、「新世紀、パリ・オペラ座」(2017年)などでも華やかな舞台ではうかがい知れないダンサー個人の家庭の事情や組織運営上の困難が浮かび上がる。

 

『ボリショイ』で描かれる主人公Yulyaの実家の現実はリアルで厳しい。夫に先立たれ女で一つで家計を支える母親の姿は演技でありながらお芝居っぽくない。全ての民を幸せにするはずの共産主義国旧ソ連プーチン率いる現在のロシアも貧富の差は歴然としている。Yulyaが母に向かって弟たちに「残飯」を食べさせるのはやめてほしいと訴える場面は衝撃的だ。盗みに手を染める少女時代のYulyaの姿もさることながらTodorovsk監督はこのくだりでも容赦ない視線をロシアの現実に向けている。

 

私には感動的と思えるこういうエピソード、つまりバレエ学校の過酷な教育スケジュール、バレエダンサーの肉体酷使だとか貧困家庭出身だとかをさも大事そうに映画作品で取り上げるのはバレエ映画によく見られるステレオタイプで評価できない。そういう風にMedusaというオンライン新聞なら批判しそうだが。Medusa紙はTodorovsky監督が寄らば大樹の陰の根性の持ち主で体制批判ができない輩と不満そうだ。(このデジタル紙はラトビアのリガを拠点にロシア人ジャーナリストが発行。 https://meduza.io/feature/2017/04/19/bolshoy-valeriya-todorovskogo-slezy-u-stanka

かつての政治的経緯があって反プーチンの色彩が濃い。)

 

動画情報: 『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』 amazon prime video 30日間動画再生、500円 『ロパートキナ 孤高の白鳥』 30日間動画再生、399円 https://www.amazon.co.jp/dp/B01L0PK2EC

ー続くー