知らなかった!若手狂言方がこんなに才気煥発とは

花形狂言『おそれいります、シェイクスピアさん』

2016年7月18日、兵庫県立芸術文化センター

 

 ここ数年歌舞伎界の若手(20ー30代)の活躍ぶりは目を見張らせるものがあると常々思っている。が、伝統芸能のひとつ狂言界も若手(30ちょいからアラフォー)が意気盛んだとはうかつにも知らなかった。自分にとって母語である関西弁(出演者が京都生れの面々だから正確には京都弁か)であり、狂言方(=狂言方能楽師)として笑いの身体表現に長けた演者たちの巧みな演技に魅されて2時間あまりの上演時間がまたたくまに過ぎてしまった。狂言の舞台に接したのは数年ぶり。実に楽しかった。

 今回出演した狂言師ユニットは大蔵流の若手たちだ。構成メンバーは茂山宗彦・逸平兄弟、茂山正邦 (今年9月「十四世茂山千五郎」襲名予定)、茂山茂、茂山童子。外題からして剽軽さが感じられて私としては観劇前から期待感を募らせる。上演内容といっても常識的な意味でのかっちりきまった物語の展開があるわけではない。観客の眼前に緩やかに引かれた線上をシェイクスピアの代表作、『ハムレット』、『ロミオとジュリエット』や『真夏の夜の夢』などの断片が横断していく。ウイットのきいた言葉の応酬とそれを身体化する狂言方。器用さにのみ頼る芸ではなく若手ながら鍛錬を積んではじめて習得できる芸を見せてもらった。

 チラシによると16年前(2000年)に茂山宗彦・逸平兄弟がふたりだけで同じ趣旨の(想像するに内容的にはずっとシンプルな)作品が上演されたそうだ。初演時も今回も「わかぎ ゑふ」が演出を担当。わかぎ ゑふといえば女優、演出家、劇作家として長年関西の演劇界で活躍している人だ。この名前に接するのも何十年ぶり。彼女は2004年に急逝した中島らもが1986年に旗揚げした「笑殺軍団リリパットアーミー」に参加していた。現在リリパットアーミー II(ツー)の主催者として中島の遺志を引き継ぎ発展させているらしい。5人の若手狂言方の芸は賞賛に値するが、わかぎ ゑふの演出力にも脱帽する。

 芝居のはじまりは「シェイクスピアさん」役の茂山宗彦とこのシェイクスピアさんが創作した名作『ハムレット』の主人公役をつとめる弟・逸平のなんともいえないおかしみを誘う問答だ。ハムレット』の台本を書き始めたシェイクスピアさんは気が乗らないのか筆が進まず困っている。困るのは作者だけでなく中途半端に命を与えられた登場人物、ハムレットも同じ。なんとか作者シェイクスピアさんを奮起させようと苦労するハムレットさん。しかし登場人物一人では強いインパクトを与えられないと気づき、仲間の登場人物さんたちの強力を求める。茂山正邦 、茂山茂そして茂山童子が加わり作者を説得しにかかる。

 まず自分たちがシェイクスピアさんの想像力が生んだ正真正銘の登場人物であることを証明しようと『ロミオとジュリエット』から名場面だけをよりすぐって実演する。ハムレットの恋人オフィーリアを女形で演じる茂さんの奇妙な色気には感服した。メンバー中一番年少の童子さん軽やかさはおシャレの一語に尽きる。最後に最年長の正邦さんは重厚なひょうきんさで他を圧倒している。蓮の葉の雨傘をさして「トトロ」の着ぐるみに身を包んだ姿は傑作だ。会場は爆笑の渦。それにこの人声がよく通り、しかも美しい。狂言方の発声のよさには歌舞伎役者はかなわないだろう。しまいにはシェイクスピアさんもヤル気を出す。

 本作はここでヒネリをきかしていいて登場人物のハムレットが原稿用紙に次々字を埋めていく設定になっている。ということは登場人物は作者の想像力の単なる産物ではなく作者と足並みをそろえてともに現実とは異次元の世界を生きるということなのだろうか。現実と虚構の二元論をつきくずそうという演者と演出家の意気込みが伝わってくるようで興味深い。

 こういう設定は不条理劇の始祖とみなされたりする(イタリアの劇作家)Luigi Pirandello (1867-1936年)を思い起こさせる。とくに『作者を探す六人の登場人物』(1921年)と関連づけたくなる。かれら6人の登場人物は活躍できるはずの芝居が没になって居場所を失っているのだ。作者の姿が見当たらないので仕方なく劇団の座長や俳優たちを相手に交渉をはじめるわけである。常識的に接点を共有しないはずの虚構と現実が入り交じる奇妙さ、滑稽さ。それは笑いを超えて深刻な問題にまで発展しかねないという危うさ。

 今回の狂言仕立ての芝居も大いなる笑いにちょっぴり存在の不安めいたものが混じり込んでいるような気もする。

 演者5人はそれぞれが狂言の枠を超えて活躍している。とかく歌舞伎や能の陰になりがちな狂言、将来を担う若手にとって狂言を外から見直す機会は今後の狂言の発展にとって重要だろう。ちなみにご承知のとおり狂言方能楽師和泉流野村萬斎(1966年生れ)は若い頃から伝統芸能以外の分野でも大活躍。萬斎の場合ご本人の才能と創意工夫も高く評価できるが、東京を中心に活動しているせいでマスコミで広くとりあげられてきたこともその存在感を強めるのに役立っているだろう。

 そこで関西狂言の若手を応援する新参者としては茂山一党に積極的に公演回数をふやしてほしいと願う。でも公演には自己資金ばかりでなく多額の(公的・私的)援助金が必要なのだろう。狂言界は歌舞伎と違って自由にできる資金が潤沢ではないのかもしれない。ということはわれわれ観客がチケット代が高いとぼやかずに財布のひもを緩めるしかなさそうだ。

 

 私事ながらこの久しぶりの狂言との再会を機に生の舞台を積極的に見にいこうと心に決めた。さっそくネットで8月と10月のチケットを入手。8月6日は「納涼茂山狂言祭2016 大阪公演」(大阪能楽堂)と10月2日「茂山狂言会特別公演」(大槻能楽堂)。ベテランと若手の茂山一党の舞台が今から楽しみだ。