名優が演じる歌舞伎は<現代劇>だとつくづく思う

新作シネマ歌舞伎女殺油地獄』(幸四郎猿之助主演)

映画版監督:井上昌典

 

歌舞伎界の「若手」リーダーたる松本幸四郎市川猿之助はこれまで10年近い地道かつ冒険心溢れる奮闘が現代歌舞伎の活性化に大きく貢献していることがこの映画版(昨年7月初演)でよくわかると思う。もはや使い古された評語だがポストモダンという表現が幸四郎(河内屋与兵衛)と猿之助(手嶋屋七左衛門女房お吉)のコンビで実現した『女殺油地獄』がピッタリではないか。江戸時代の歌舞伎が現代劇であったと同様21世紀を生きる観客にとってこの新版『女殺油地獄』は、へーえッ、昔はそんなエグい刃傷沙汰もあったのか、時代劇って面白いね、とは言えない迫真性が印象に残る。人間皆平等と平和に染まっているような現代社会にも一皮向けばいつの世も変わらない奥深い闇が潜んでいることをこの作品は思い出させずにおかない。それでも人は生きていく。誰に強制されるわけでもない。生きたいのだ。いわば限りない絶望と限りない希望の奇妙な共存。

 

9年前には同じ芝居が片岡仁左衛門(与兵衛)と片岡孝太朗(お吉)のコンビで上演され、後にシネマ歌舞伎として上映された。与兵衛を演じた仁左衛門は上質のモダニストという意味で幸四郎のポストモダニストとは好対照だと思う。舞台を見た記憶はおぼろげだが、仁左衛門は事故の中に蠢く愛矛盾する欲望の葛藤を虚構の世界で説得力ある演技で描き出していたように思う。

 

今回の新作シネマ歌舞伎は純粋な歌舞伎作品ではなく松竹の映画監督井上昌典の構成・演出が重要だ。歌舞伎の観客席では味わえないアングルからのカメラワークやクロースアップなど映画独自の手法が大いに効果をあげている。そのインパクトは今から50年昔の篠田正浩監督による歌舞伎の映画化作品『心中天網島』(1969年)と比較しても勝るとも劣らないと言えるだろう。このような歌舞伎と映画の葛藤というか融合というかかなり困難な出会いを実現したのは井上監督ばかりでなく映像編集に参加した松本幸四郎の熱意とパイオニア精神に富む芸術的感性にも注目したい。

 

伝統は墨守するものではなく革新、変革を伴うのだということが納得できる作品である。創成と成熟の時代であった400年以前お歌舞伎は時代劇ではなかった。当時の観客にとって<現代劇>そのものだった。現代の観客がとかく忘れがちな当たり前なことを幸四郎猿之助の共演が思い起こさせてくれた。