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女形の至芸 ー「女形」は「まるでオンナ」ではない。

 

女形の至芸といえば、まず第一にあおい竜也白龍(ともに一竜座)をあげたい。女形を演じ踊る場合ふたりとも生身の女性と見分けがつかないほどにオンナになりきろうとはしない。たしかに、立役では男っぽさを売りにするかれらがひとたび女形で登場するとその色っぽさに圧倒された観客席からため息が漏れるほどである。だが竜也白龍も生身の女性を模倣してはいない。男であることの意識をなにほどか保っている。ふたりとも手はけっして華奢ではないし、肩をはじめ体つきが男であることを消し去ってもいない。それでもオンナの色気を感じさせるのだ。つまり舞台に立ち現れるのは女性の理想化されたイメージである。手で触れることのできる生身の肉体ではなく、あくまでも観念としてのオンナなのだ。

 

これに対して女形には別の芸風もある。女形が舞台に描き出すオンナは実は男優が演じていることを観客は完全に忘れてしまう。それほどにリアルなオンナの姿が彷彿としてあらわれることが女形の理想だとする見方。極端な例をあげると初代 吉澤あやめ (1673 - 1729) がいる。女形として名声をほしいままにしたあやめは17世紀後半商都大坂の経済力によって促進された文化があってこそ誕生した歌舞伎役者である。あやめのおかげで女形のひとつの芸風が完成されたといえる。(今風にいうなら)歌舞伎の俳優兼脚本家 福岡弥五四郎(あやめの同時代人)があやめから聞かされた女形論を「あやめ艸 [あやめぐさ]」と題して名優の芸談集『役者論語 [やくしゃばなし]』(1776年刊、守随[しゅずい]憲治・校訂で1939年に岩波文庫となったものが2003年に復刻されて今でも入手可)という書物におさめた。

 

「あやめによると、「女形は色がもとなり、元より生れ付てうつくしき女形にても、取廻しを立派にせんとすれば色がさむべし。又心を付て品やかにせんとせばいやみつくべし。それゆ平生ををなごにて暮らさねば、上手の女形とはいはれがたし。舞臺へ出て爰[ここ]はをなごの要の所と、思う心がつくほど男になる物なり、常が大事と存[あ]る由、さいさい申されしなり」(下線筆者、引用元は『役者論語東大出版会、1954年、39頁)。舞台を離れた私生活でも女形役者は「女」として立ち居振る舞いを実践すべきだと考えていたらしい。

 

ちなみに現代人にかかると人によってはこのように役者業と実生活が首尾一貫する生きざまをを「写実主義」と解釈するようだ。が、これは納得できない。というのもいわゆる写実主義という近代的産物は芸術活動なり創造活動に限られたことでだ。けっして私生活に影響を与えるものではない。むしろあやめのような芸術家の生きざまの凄まじさを知ると空恐ろしい気がする。虚構の世界を統べる思想が現実世界まで支配するべきだという発想そのものが極端すぎてこわい。 

 

話を本題にもどそう。女形に求められるのはオンナになりきることかどうか。わたしは女形は観念としてのオンナを描き出すことだ思う。舞台上で男が女に性的転換をすることではない。

 

このテーマに関連して観世英夫(かんぜ ひでお、1927 - 2007)が興味深い発言をしている。かれは能役者の家柄に生まれたが能楽ばかりでなく映画、演劇の分野でも活躍したある種の異端児だ。能役者が能面を着けて舞うときの「自意識」について豊富な演舞経験にもとづいて自分なりの解釈を披露している。役に扮すること、演じるとはどういうことかという問題の本質をつく見方だと思う。

 

観世がいうには、「大事なのは、こういうふうに面をかけますね。かけたときに、女の面などは特にそうなんですけど、面の外というか、まわりに自分の顔を少し出すように欠けるんです。全部おおってかけてしまうと、人形みたいになっちゃっていきいきしてこないんですけど、こういうふうにわざわざ出してやると、何か生命力というものが出てくる。(省略)演じているぼくという人間も片方では見えるし、それと面のもっている、つまり演じるべき女なら女の役というものとが、いつも二重写しというか、両方ありながらある違ったものが生まれてくる(省略)」(下線筆者、山城祥二・編『仮面考 ー シンポジウム』リブロポート、1982年、169 - 170頁)。

 

観世の能役者論は大衆演劇で観念としてのオンナを演じる「女形」にかなり重なるものがあるように思う。「女形」は「まるでオンナ」ではない。オンナに見えて実は男だ。しかし同時に男でありながらオンナでもあるという二重性。こういう女形の至芸をあおい竜也と白龍に見るのはわたしだけだろうか。